⑵ 医療訴訟の特殊性
 医療訴訟において明らかにしなければならないことは,患者側(原告側)の被害と,医師・医療機関側(被告側)にミスがあったこと(過失),及びそのミスによって患者の被害が生じたという関係(相当因果関係)を明らかにすることです。つまり損害と過失,及び両者の相当因果関係です。   
 患者の被害は,ミスによって患者側が被った損害で,交通事故による損害と大きく異なるものではありません。ただ医療訴訟では,患者は何らかの疾患を抱えて医師・医療機関を受診していますから,当初から患者が抱えていた疾患による避けられない障害などは被害には入らない点が特殊かもしれません。
 医師・医療機関側のミス(過失)を明らかにするのは医療訴訟において最も困難なことです。世間では医師・医療機関側に何らかの大きなミスがあれば,責任を追求できると誤解している人が少なくありません。しかし,民法は,患者が被った損害を生じさせるようなミスがなければ,医師・医療機関の責任を認めることはありません。少し難しい話なので,具体例で説明します。例えば,新生児がある感染症(仮にXとします)によって重篤な後遺障害を被ったとします。しかも,担当したお医者さんは,Xに良く効くAという薬を持っていたのに,その薬を投与しなかったとします。この例で,お医者さんがAを投与しなかったのはミスだったと言えるでしょうか。結果から考えると,Aを投与しておれば,この新生児の感染症Xは治っており重篤な後遺障害が残らなかったはずですから,ミスだったとも言えそうな気もします。しかし,その新生児がXにかかっているとは思いもよらなかったのに,お医者さんに薬Aを投与せよというのは無理を強いることになります。ですからそれだけではお医者さんが Aを投与しなかったのはミスだったとは言えません。とはいえ,新生児がXという感染症にかかっていたのなら,何らかの異常な徴候が出ていたかもしれません。もし新生児があまりミルクを飲まなくなり,何となく元気がなく,何か苦しそうな呼吸状態であったとします。これらの徴候は,医学的に新生児が何らかの感染症にかかっていたことを疑わせる事実ですから,新生児の血液検査をして,確かに感染症にかかっているかどうかを,治療のためにも確認しなければなりません。そうすると新生児の血液検査さえしておれば新生児が感染症にかかっていたことが分かったはずです。ここまで考えると,きちんと血液検査を実施しなかったのがミスで,このミスのためX にかかっていたことが分からなかった。そのためAを投与することができなかったと言えそうです(ふーっ)。過失認定の実際はもっと複雑ですが,なかなか難しいものだと思って頂ければ十分です。
 ミスと被害との間に相当因果関係があるとは,問題にされたミスがなければ患者の被害が生じなかったかということがほぼ確実に認定できるかどうかです(裁判では蓋然性という言葉が使われます)。ここでは,血液検査をしてAを投与したとしても,100%回復する訳ではないのではないか,当時の状況からすると,Aを投与した時は,既にその新生児の状態は重篤だったから,Aを投与しても投与しなくても,結果は変わらなかったのではないかと言った議論がなされます。このような難しい議論をしなければならないのが,医療訴訟の特殊なところです。
 次回は,医療訴訟の特殊性に配慮した対応について,お話します。