変わりつつある医療過誤事件
「第4回 医療過誤事件の現状(調査)」

 弁護士の職務を遂行するに当たっての規律である弁護士職務基本規程第35条には,「弁護士は,事件を受任したときは,速やかに着手し,遅滞なく処理しなければならない。」と定められています。この規程に基づいて,以前は,医療過誤事件であっても,どこがミスなのかも把握しないままに,患者さんが診断・治療を受けた結果が悪いというだけで,いきなり訴訟を提起する例があとを立ちませんでした。そんな訴訟が裁判所を手こずらせたものです。
 しかし,医療過誤事件かと疑われる事案について,示談交渉や提訴するに足るミスが認められるのか,認められるとしてどの程度の金銭的賠償が正当かを判断することは,決して容易なことではありません。また,その結論を出すまでには当然のことながら時間を要します。しかも,これを弁護士の知識だけで行うのは困難で,協力医の協力が不可欠であることは,ここまで読んで頂いた方には,よくご理解いただけるのではないかと思います。
 患者さんの中には,「私は訴訟提起といった大それたことを考えている訳ではありません。ただ,出来れば医師・医療機関に謝罪してもらい,円満に話合いによる解決を望みたいのです。ですから調査に費用や時間をかけずに医師・医療機関と話合って欲しいのです。」とおっしゃる方も少なくありません。
 しかし,医師・医療機関の謝罪を得ることは,提訴してもなかなか得られない困難なものです。まして提訴しても得られぬものを,ろくに調査もせずに示談交渉で得られるはずがありません。また賠償についても,よほどミスが明確な事案でなければ,医師・医療機関が当初からミスを認めて賠償に応ずることはありません。また,明確なミスがあるかどうかということは,カルテ等の医療情報を分析して初めて分かることであって,ミスであることが容易に証明出来るかどうかにかかっています。この判断自体が医療知識なしに簡単に出来るものではありません。私も,ミスが明らかだからと素人判断をして,協力医の協力もなしに提訴して苦労した経験が何件かございます。
 また,賠償額が大きくなればなるほど,医師・医療機関は容易にミスを認めようとはしません。しかも,賠償額が大きくなれば,医師賠償責任保険を主管する保険会社もそれを認めないことが少なくありません。結局,ミスが明らかと思える事案でも,正当な賠償を得るためには,正確な医療知識を踏まえて,何がミスなのかを的確に調査し判断しておかねばならないのです。場合によれば,専門家の判断を意見書などで明らかにする必要もございます。
 以前は,カルテなどを自ら整理して,患者側に立って診療内容を批判的に検討して頂ける協力医などの口頭の意見を聞いて,見通しを立てることが少なくありませんでした。しかし,最近では,診療内容が複雑になるとともに,診療内容が画像所見や検査記録によって左右されることも少なくないようになってきました。示談交渉が決裂した場合の訴訟提起後のことも考えると,協力医の意見もできる限り詳細に書面で求めておいた方が,間違いが少なくかつ訴訟の準備として適当であることが明確になってきたのです。この点で,以前にも増して調査費用(30~50万円程度)が必要になってきましたが,この点はやむを得ないことではないかと思っています。
 更に,正当な賠償額を得るには,適切な医療を受けておれば,どのような治療結果になったかを明確に把握して,現実に発生した結果との差額について賠償を求めなければなりません。このように賠償額の確定のためにも,医療関係者の協力を得て事案を分析・調査する必要があるのです。従って,調査の段階でかなりの時間(6~8ケ月程度)と費用(弁護士の調査手数料と調査費用,60~80万円程度)が必要になるのは避けられないことだと思います。次回からは,具体的にどのような方法で調査をしているのかについてお話しします。