変わりつつある医療過誤事件
「第1回 珍しく無くなった医療過誤事件」

昭和54年4月に弁護士登録をして,ひょんなことから1年目から医療過誤事件を扱うようになり,もう39年が経過しました。この間,特に宣伝した訳でもありませんが,途切れることなく医療過誤事件を受任することとなり,手がけた事件総数は既に150件を超えました。この経験を踏まえて,最近の医療過誤事件について,気がついたことを書くことにしました。
  
私が弁護士になった昭和50年台は,患者が医師・医療機関を訴えるということ
は,まだ極めて珍しい時代でした。ですから,患者側が提訴したという事実自体が,マスコミ取材のネタになったものです。まして,その訴訟で患者側が勝訴し多額の賠償金が認められると,新聞の第1面で報道がなされました。
 その後,頻発する医療ミスが社会問題となり,数多くの医療過誤訴訟が全国の地方裁判所に押し寄せるようになりました。全国の地方裁判所の医療関係訴訟の新受件数(その殆どは医療過誤訴訟です)は,平成6年に初めて年間500件を超え,その後一貫して増加し,平成16年には遂に年間1,100件を超えるまでになりました。しかしその後は医療不審に対して,いろいろな公的な対応が取られるようになるとともに,報道姿勢にも落ち着きがみられるようになり,平成21年には732件まで減少しました。ただその後は徐々にまた増加傾向を示しており,平成26年には877件になっています。 
 このように一時は極端に増加していた医療過誤訴訟件数が,落ち着きを取り戻した背景には,いろんな事実が挙げられます。厚生労働者を中心として全国の医療機関は,医療事故防止に本気で取り組みだしました。また都道府県や全国の保健所設置の政令指定都市,中核市,特別区などは,医療安全センターを設け,全国的に患者からの医療相談に応ずる体制が築かれました。このような対応を踏まえて報道にも落ち着きがみられるようになりました。弁護士の中でも医療過誤事件が専門事件化して,安易な訴訟提起が減少したこともその一因になっているのかもしれません。
 今では,医療過誤訴訟を提起したというだけでは,なかなかマスコミもネタとして取り上げてくれない時代になりました。

時代の変化とともに,医療技術も進歩し,医療の内容も大きく変化してきました。各診療科では多くの検査や補助テストが行われるようになり,検査項目は増加の一途を辿っています。各種画像所見も飛躍的な進歩を遂げました。画像所見といえば,以前はレントゲン写真がある程度でしたが,今ではCTスキャンが普及し,大病院ではMRIが当たり前になり,PET,超音波検査,脳血流測定,心臓カテーテル検査,心エコー検査などなど,今や画像情報なしに診断など出来ない状態になっています。治療技術もどんどん進歩しています。 
 これに伴い,各診療科でも診断,治療技術の進歩に合わせて,その診断,治療の手法が標準化されるようになってきました。各診療科では,どんどん診療ガイドラインが作成され,今やこのようなガイドラインを無視して診断,治療を続けることが困難な時代になりつつあります。勿論,ガイドラインの全てが医師の医療水準を形成している訳ではありませんが,絶え間なく作成,改訂されるガイドラインを知らねば,医療ミスかどうかの判断も出来ない時代になったのです。
 次回は,このような変化を受けて,司法がどのように変わって来たのかについて,お話しします。